モハメッド・アリさんと五輪が「握手」をした日 1996年アトランタ五輪

アントニオ猪木と1976年6月26日に「格闘技世界一決定戦」で闘った元プロボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメッド・アリ氏が4日(日本時間)に亡くなった。74歳だった。この試合は、猪木がマットに寝てアリの脚を蹴り続ける「アリキック」が印象的だが、15ラウンドが終始この展開だったため、「世紀の凡戦」と言われた。判定で引き分けとなったが、今となっては、この試合は名試合だったと再評価されている。同日生放送された、『みのもんたのよるバズ!』(AbemaTV)には、東京大学大学院教授で、武道・総合格闘技を行っている松原隆一郎教授が登場。この試合の意義を語った。

「総合格闘技の走りのような試合です。当時は統一のルールがなかったので調整が難しかったです。それを分かってないと『なんで何もできないんだ?』となってしまう。1990年代に入り、総合格闘技では共通ルールができましたが「なんでアリがこんな試合を日本でやったのか?」と当時は思われました。「興行を行った人はどんな交渉したの?」となりました。ただ、アリは痛かったらしく、猪木さんはあれ(アリキック)しかできなかったらしいです」

また、アリ氏はかつてはカシアス・クレイという名前でオリンピックで優勝するなどしたが、これが後にイスラム教徒としての名前であるモハメッド・アリに変えた。番組視聴者からは「公民権運動での活動が印象深い」という意見も出された。アリ氏はローマ五輪で金メダリストになったが、人種によりアメリカで認められなかったから金メダルを川に捨てたという伝説もある。

さらに、1996年のアトランタ五輪では、最後の聖火ランナーをアリ氏が務めた。この時はパーキンソン病で腕が震えながらの点灯となったが、これについて松原氏は「金メダルを捨てたというアリが五輪に呼ばれたのは、五輪とアリが握手をしたということで象徴的です。また、ベトナム戦争拒否で3年間試合できなかったというペナルティもありました」

その後2005年11月、アリ氏はホワイトハウスで一般人に送られる最高の勲章である大統領自由勲章を授与された。

これに対してみの氏は「ただのプロのボクサーではなく、生き方とか信条とか。最後には勲章までもらう。アメリカってすごい国ですよね」と感心すると、松原氏は公民権運動におけるアリ氏を語る。

「その後、オバマが大統領になった。その布石としてアリは存在していました。トラッシュトークといって、試合中でもアリは罵倒し続けます。そこでは白人選手相手に政治的なものまで語るのです。ノックアウトせずいたぶる、とかもしました。あの方は元々アマチュアの時はライトヘビー級でしたが、ステップを合わせてドーンと打つ。相手は筋肉盛り盛りでフックを振ってくる。でも、アリは軽いクラスの試合ができる。アリさんがいなくなって、ヘビー級は殴り合いになった。マイク・タイソンまではそういう選手が出なくなったのです」

そして、松原氏は「自分の主張を試合に通した人。猪木さんは、アリさんと試合をし、その後、世界で通用することになった」と感慨深げに語った。


『みのもんたのよるバズ!』はAbemaTVにて毎週土曜日20:00~21:50にて放送中

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