G7伊勢志摩サミット オバマ大統領が広島へ…被爆者の思いは

26〜27日の2日間、G7伊勢志摩サミットが行われている。今回、歴史的なこととして注目されているのが、27日、アメリカのオバマ大統領が、初めて被爆地・広島を訪問することだ。

オバマ大統領は、27日夕方、慰霊碑に献花しスピーチをする予定。その献花などの場には、被爆者らが出席する。一方で、核の廃絶を訴える団体はオバマ大統領の訪問に反対し、26日にはデモを行うなど、さまざまな意見があるなか、注目度は高い。

多くの人の人生を大きく変え、原爆の放射能による影響は、70年以上たった今も被爆者を苦しめている。26日放送のAbemaTV報道番組『AbemaPrime』では、ある被爆者の女性をモデルにした映画「アオギリにたくして」の企画・製作・統括プロデューサー・中村里美さんとともに、アメリカ大統領の広島訪問がクローズアップされる理由を考えた。

■被爆体験を語り継いだ女性の物語 映画「アオギリにたくして」

同作品は、アオギリの語り部と呼ばれ、広島平和記念公園の被爆アオギリの木の下でたくさんの人々に被爆体験を語り継いだ、故・沼田鈴子さんをモデルに製作した映画だ。

1945年8月6日、広島に投下された原子爆弾。結婚式を3日後に控えていた21歳の田中節子は職場でこの瞬間を迎え、その時のけががもとで片足を失い、婚約者は戦死。その後ある男性と結婚の約束をしたが、放射能の影響を心配した相手の家族が反対。自分の兄弟も原爆に奪われた男性は、自ら命を絶ってしまう。

その後、節子も被爆したことを隠し続けたが、数十年後、被爆直後に撮影され、アメリカに保管されていたフィルムに自身が映っていたのを知り、それをきっかけに、被爆体験を語り始める。

節子が語っていたのは被爆したものの再生し、広島市の平和公園に移植された「アオギリ」の木の下。節子のモデルとなったのは、5年前、87歳で亡くなった被爆者の沼田鈴子さんだ。50代で被爆者であることを明かした後は、広島はもとより、海外でも自身の体験を語っていた。

中村さんはアメリカで保管されている被爆直後の広島を撮影したフィルムを買い戻す取り組みに参加した際、沼田さんと知り合う。そこで被爆体験を聞くうち、なんらかの形で伝えたいと考え、映画製作を決意する。

――多くの被爆者と接してきた中村さん。被爆者の方たちは、オバマ大統領の広島訪問をどう思っているのでしょうか。

中村:いろいろな考え方の人がいると思うんですけれども、私の知っている人たちは、アメリカの大統領に広島に来て欲しい、知って被爆者の声に耳を傾けて欲しいとずっと願っていましたので、今回の訪問には、喜んでいるのではないでしょうか。

――謝罪を求める人は15.7%。求めない人が78.3%と、約8割の人が「謝罪を求めない」としているという調査結果があります。

中村:解釈はいろいろあると思います。一方で、ハッキリしているのは、民間人を無差別に殺傷するということ。謝罪を求めない人の中には、核なき世界をつくっていくことこそが大事であり、自分と同じ苦しみを世界中の誰にもさせたくないという人がいると思うんです。

――沼田さんが、もしオバマ大統領の広島訪問を知ったら、どのようにおっしゃられたでしょう?

中村:オバマ大統領が、「核なき世界の実現」というスピーチをしたときには、本当に喜んでいらっしゃった。100歳まで生きて、その日が来るのを見届けたいという気持ちだったと思います。

この日MCを務めた女子大生実業家の椎木里佳は、

「修学旅行とかで行くんですけれども、どうしてもこの国にあったこととは思えないというか、被爆者の方の声を聞いたこともないので、『あったのかな』という感じだった。でも、これからはきちんと聞かないといけないのかなと」

とコメント。これを聞いた中村さんは、

「52歳の私も、若い時は原爆資料館などに行っても、思考停止だった。でも、(沼田さんたちの)話をきくことで、考えていかなくてはいけないと強く思ったのです。実は私もふくめて、日本の若い人たちは、日本人でありながら広島、長崎のことを知らないのではないかと。被爆者の方からたくさんのことを学ぶ必要があると思います」

と話した。

「アオギリにたくして」は、6月1日からアメリカでも上映される。ニューヨーク州からスタート、マサチューセッツ、ボストンなど11日まで各地で上映されるほか、市民による自主上映の輪も広がっているという。


「AbemaPrime」は毎週月〜金曜日 20:00〜21:50「AbemaNews」チャンネルにて放送中

続きを見る

0コメント

  • 1000 / 1000