裏原宿のキャットストリート、400年前は伊賀忍者がいた!?

4月26日に放送した若者向け総合情報番組『原宿アベニュー』。「マルっと原宿」のコーナーでは、知っているようで知らなかった「裏原宿」について赤ペン瀧川がお得意のスライドで解説した。

「『裏原宿』っていう名前がなんか怖い」という赤ペンは、そもそも「裏原宿」はどこにあるのか?ということから解説をスタート。「イマイチどこだかわからない」と弘中アナも言うように「裏原宿」という言葉はよく聞くが、一体どこを指しているのか。実は「裏原宿」は地名ではない。さらに言えば「原宿」という地名もない。住所は「渋谷区神宮前」や「渋谷区穏田」であり「渋谷区原宿」は存在しないのだ。その事実に共演者は「知らなかった〜」と驚きの声。赤ペンによると、キャットストリートや原宿通りの辺りをざっくり「裏原」と呼んでいるだけで、明確な範囲はないという。

裏原宿(裏原)と呼ばれる「キャットストリート」は渋谷区穏田にある。実は、葛飾北斎の浮世絵「穏田の水車」はその昔、現在の「キャットストリート」から描かれたもの。

赤ペンは絵を指し「これは昔の裏原です。水車に若者たちが群がっている」と独自の解釈で今と昔を比較した。さらに赤ペンは「穏田=隠田」と呼ばれていたことに触れた。なぜ「隠す」という字を使っていたのか。400年前、伊賀忍者である「服部半蔵の一族」が甲賀忍者の攻撃から逃れるために住んでいた場所を「隠れの里」と呼んでいた。そこから「隠田(かくしだ)」と呼ばれ、今の「穏田(おんでん)」になった(諸説あり)。400年前は忍者の里だった「キャットストリート」。赤ペンは「つまりこの人たち、忍者の皆さんです」と、またもや北斎の絵で「裏原」の秘密を語った。スタジオでは「もしかしたら今も、末裔が住んでいるかもしれない」と盛り上がった。

裏原宿に忍者ではなく、若者たちが集まり始めたのは1990年代。竹下通りよりも賃料が安かったことに目をつけた若手のクリエーターたちが続々とお店を出し、そこへ若者たちが集まったことから、今の「裏原」が誕生した。

赤ペンは若者たちの集まる「裏原」で現地調査。まず「MOSHI MOSHI BOX」という原宿の観光案内所を訪れた。探しているものを聞くとスタッフの方がすごく詳しく教えてくれるという。また、グッツも多数販売しており、赤ペンは、売上No1.商品「原宿サングラス」を自腹で購入。スタジオに持参し、キャスターを務める中野あいみが披露した。

次に訪れたのは、「モテキ」「初恋」など、メニュー名がとてもユニークな台湾スイーツのお店「マンゴーチャチャ原宿店」。店員さんの「初恋」話を聞きながら、またもや自腹で「モテキ(SINGLE)」を注文。「めちゃくちゃ美味しい」と大絶賛していた。さらに、カワイイ文化の老舗「6%DokiDoki」を紹介。「6%DokiDoki」では、奇抜だけどとても丁寧な店員・KANATA さんにかわいいコーデお願いしてみた。

スタジオでは「かわいい〜」「オシャレ!」という声が。赤ペンは「裏原宿に行ったところ、新しい自分の可能性と出会うことができました」と満足そうにプレゼンを締めくくった。GWの予定がまだ決まっていない人は「裏原宿」で「隠れた自分探し」をしてみるのもイイかも。

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