横綱・稀勢の里引退にやくみつる氏「到達型の横綱として評価したい」 3連敗に見た“限界”

 第72代横綱・稀勢の里が16日、引退を表明した。


 稀勢の里は2017年の1月場所で優勝し、30歳で横綱に昇進。しかし、相次ぐ故障の影響もあって、2018年の11月場所では横綱として87年ぶりとなる初日からの4連敗。さらに、進退をかけて臨んだ今月13日からの1月場所では初日から3連敗を喫し、2018年の9月場所から8連敗(不戦敗除く)と横綱のワースト記録を更新していた。


 16日午前、田子ノ浦親方は「昨日の夜、本人の口から『引退させてください』という言葉があった。引退という言葉を使うからには、それなりの覚悟があるように感じた」と話したという。


 稀勢の里引退について、16日放送のAbemaTV『けやきヒルズ』では漫画家で元日本相撲協会外部委員のやくみつる氏に電話で話を聞いた。

 「いささか遅きに失した感はあるが、もう限界を超えていたという印象。長いこと大胸筋や上腕のけがの治療に当たっていたが、それが直接の原因というよりは治療の間に下半身が弱りきっていたなと。相撲をとるのにもっと重要なのは足腰の粘り。それが失われていて、相撲をとれる状況ではなかった。『これはもう無理だろう』と思っていた」


 率直な意見を述べるやく氏。1月場所初日の小結・御嶽海との取組について「稀勢の里が自分の形を作ろうとこだわっていた姿が如実に出ていた。生命線である左の上腕を怪我しているが、その相撲にこだわっていたら勝てない。取り口の幅を右の上手からの相撲に変えないと勝てないと言われていたが、結果変えられなかった」と話す。

 2日目、前頭筆頭・逸ノ城との取組には「稀勢の里の体力を量る分にはわかりやすい相手。もはやあの体重、逸ノ城の圧力に抗しきれなかったという相撲だった」と見解。

 3日目、前頭筆頭・栃煌山との取組については「亡霊のようになって出てくるのかと思ったが、3日目は気を取り直していることがわかる。この日は3日間で一番いい呼吸で立ったのに、最悪の立会いだったという皮肉な状況だった。最後はすっと土俵を割っていて、これは観念したかなと思えるような負け方。その時の表情はいろいろなプレッシャーから解放されて楽になったように映った。ここで悔しさを滲ませても仕方がない、ここは身を退こうと腹をくくられたんだと思う。横綱に降格がないのは、それに適う相撲がとれなければ身を引く時という考え方。ボロボロになりながらも現役に固執する姿を見せるというのもひとつの形式だと、稀勢の里を見ていて思った」と述べた。

 「稀勢の里はどういう横綱だったか」との問いには「愚直なまでに相撲に取り組んでいる姿を見せつけてくれた、到達型の横綱として評価したい。30歳を過ぎて『もう無理だろう』と言われながら到達したそのことを評価すべきじゃないか」と答えた。

 また、稀勢の里引退のニュースに大の相撲ファンだというテレビ朝日の大木優紀アナウンサーもコメント。「暴力問題などがあった時に、稀勢の里にどこか“日本人横綱”としての理想をみんなが重ねていて、日本中が応援していた。けがをしながらの2017年の優勝があって、いろいろなタイプの横綱がいる中でこのようにパッと鮮烈に咲いてパッと散っていく横綱も、ひとつなのかなと思う。降格がないからこそ去り際は自分で決断しないといけない。最後の最後まで土俵で頑張る稀勢の里を見られたのは感動しました」と話した。

(AbemaTV/『けやきヒルズ』より)


稀勢の里の初日~3日目の取組をまとめた映像はこちら

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