阪本順治監督が語る俳優・稲垣吾郎の魅力 『半世界』インタビュー

 1989年に『どついたるねん』で監督デビューして以来、日本アカデミー賞で最優秀監督賞を受賞したほか、同年の映画賞を総ナメした『顔』(00)や日韓合作の『KT』(02)、『闇の子供たち』(08)、『北のカナリアたち』(12)、『団地』(16)など家族愛から歴史の裏側に隠された事実に迫るジャーナリスティックな作品まで実に多彩なテーマに挑んできた阪本順治監督。26作目となる最新作『半世界』は、阪本監督自らが書き下ろしたオリジナル脚本。地方の田舎町を舞台に、39歳という人生の節目の年齢を前に、同級生同士だった男3人の再会から始まる友情と、夫婦、そして家族の絆を描いたヒューマンドラマだ。主演を務めたのは稲垣吾郎、さらに脇には、長谷川博己、渋川清彦、池脇千鶴という個性派俳優を揃え、監督らしい独創的なストーリー展開で泣き笑い、そして驚きにも満ちている。


 2月15日(金)の公開を前に、阪本監督を直撃取材。本作に込めた思いや、「土の匂いのする役を」と稲垣吾郎に炭焼き職人をキャスティングした狙い、“俳優・稲垣吾郎”への期待などを、阪本節炸裂で語ってもらった。

主演に必要なのは“キャッチャー”の能力 稲垣吾郎は「人の個性を受け止められる懐の深さがある人」

――『半世界』の脚本はどのようなきっかけで生まれたのでしょう。


阪本監督:僕は『人類資金』や前作の『エルネスト もう一人のゲバラ』など、この5、6年は、海外ロケだったり、『団地』で宇宙に行ったりとか(笑)、あちこち越境する映画ばかり作ってきたので、地に足の着いたところで落ち着いた演出がしたくなったんです。空気がきれいで自然がたっぷりとある小さな町を舞台に、小さな話なんだけれども奥の深いものを丹念に描きたいと。一方で、4、5年前にオリジナルの企画を考えていたときに、日本特有の生業(なりわい)で、あまり人が知らないものをやりたいと思ったことがあったんです。その時に、炭焼き職人に興味を持って調べて、あらすじを書いていたんです。


――稲垣吾郎さんが炭焼き職人というのは驚きました。


阪本監督:今回は稲垣君ありきで企画がスタートしていたので。過去に映画化できなかった作品のアイデアが書いてあるノートを読み直したんです。それで、稲垣君を炭焼き職人の服に着せ替えてみたんですよ。リカちゃん人形みたいに。


――えっ、リカちゃん人形みたいにですか?


阪本監督:(笑)頭の中でね。ニット帽からかぶせていって、お、なんかサマになるじゃないかと。自分としては、稲垣君にはもうこれしかないっ! と発見したときの喜びと言ったら、最高でしたよ(笑)。ただ、本人に「嫌です」って言われたらそれまでだけど、初めて一緒に仕事をするなら、僕にとっても新鮮で、稲垣君にとっても新鮮なものがいいと思ったんです。

――監督の中で、稲垣さんをどういう俳優さんだと捉えていらっしゃるのでしょう。


阪本監督:映画の主演俳優を、皆さんはピッチャーだと思っているじゃないですか。それは全くの間違いで、主演俳優はいろんな個性を持つ俳優さんを相手に、来たボールを受けては返すキャッチャーなんです。そして、稲垣君はそれが出来る人。過去に、香取慎吾君と2本(『座頭市 THE LAST』『人類資金』)撮ったこともあって、彼らを知っていました。それぞれ個性があるんだけど、小さい頃から芸能界にいて大人の汚いところも見てきて、そこに矛盾を感じつつ、自問自答しながら突破してきた人間たちなので、彼らとしゃべっている時、僕よりも兄貴分に見えるときがあります。それはテレビなどで見る彼らとは全く違う。稲垣君も、寡黙というと簡単だけど、自分を前面に出す人ではなく、むしろ人の個性を受け止められる懐の深さがある人。受け止める能力がある人だとすごく感じていました。なので、孤高の身で淡々と何かに向かって汗をかくという姿が似合うと思っていたんです。


――実際に、稲垣さんに炭焼き職人を演じて欲しいと言われたとき、稲垣さんの反応はどうだったんですか?


阪本監督:今回の“同級生たち同士の物語”というのは、フランス映画『画家と庭師とカンパーニュ』をヒントにしているんです。なので事前に稲垣君に「これを観て。こういうのをやりたい」って渡したんです。それで感想を聞いたら、稲垣君は最初、自分は画家のほうだと思っていたようで「えっ、僕、画家じゃないんですか?」って。「違うよ、今回は庭師のほうが面白いと思うんだよね」って(笑)。


――じゃあ、画家じゃなかったということに稲垣さんはびっくりだったんですね。


阪本監督:そうですね。どうも僕が一言、言い忘れてしまったみたいです。「庭師のほう」だって(笑)。僕は土の匂いのする庭師の役からイメージして、地元から出ずに黙々と親の代から継いだ備長炭づくりをしている炭焼き職人・紘を演じてもらおうと思っていました。結果的には楽しんでくれていたと思います。ビジュアル的にも面白がって、自然と無理なく炭焼き職人に成り代わっていました。


――都会から帰って来た画家に当たる、元自衛官の同級生・瑛介に長谷川博己さんを起用したのは?


阪本監督:長谷川君もパーティーや撮影現場でしゃべったことが2回ほどあって、「神経質だな」って印象を受けていたからです(笑)。瑛介の役どころが、とてもナーバスで過剰になるとキレる。彼なら、内向的になる瑛介を演じてくれると思いました。

――渋川清彦さんの起用は?


阪本監督:僕としてはこの2人の間をつなぐ役が欲しくなったんです。瑛介は心にストレス抱えているし、紘は家庭に問題を抱えている。だから、何の問題も抱えず疑問も持たず、地元で家を継いでおせっかいな男というユーモアが欲しいと思って。もう一人の同級生・光彦役を渋川君にオファーしました。渋川君からは「監督、僕は人と人をつなぐ役が多いんです」って言われちゃいました(笑)。

――三者三様のキャラクターになりましたよね。


阪本監督:僕が書いたオリジナル脚本なので、この3人には僕が投影されています。人に迷惑をかける僕もいれば、神経質な僕もいるし、自分を中心に世界は回っていると思う僕もいる。大阪人なんでね、ギャグとユーモアとおせっかいな僕もいる。意図してないんだけど、自然とそうなるんですよ。


――じゃあ、3人は監督の?


阪本監督:そう、僕の分身(笑)。

――紘の妻・初乃を演じた池脇千鶴さんが、何とも自然な演技でダメ男たちや息子を見守っているのがとても素晴らしく感じました。


阪本監督:池脇さんは恐ろしい女ですね。似たような女優さんはいない。池脇さんぐらいの年齢になると、女優さんは誰かのお母さん役や誰かの妻役を演じるんですけど、誰も生活臭がない。その点、池脇さんは、誰かの妻で誰かの母なんだけどそれを一人の女として、一人の人間として、生活臭を放ってきちんとやってくれる。圧倒されました。


『半世界』は「半分の世界ではなくて、もう一つの世界という意味」

――『半世界』というタイトルは、日中戦争で従軍したカメラマンが撮った写真集のタイトルだそうですね。


阪本監督:小石清さんという戦前・戦中時代の従軍カメラマンで、本来なら日本兵の勇姿を撮らなくてはならないのに、その写真集には任地での中国人のおじいさんやおばあさん、子どもたちなど市井の人々を撮ったものでした。それが衝撃的で、いつか『半世界』という言葉を自分の作品のタイトルに使おうと思っていました。


――そのタイトルにはどんな思いを込められたのでしょうか?


阪本監督:自分の解釈では『半世界』は半分の世界ではなくて、もう一つの世界という意味です。

本作で、瑛介を海外赴任から帰って来た自衛官と設定したときに、「半世界」というタイトルを担う登場人物を作れたと思いました。瑛介に対して土着で生活圏から出たことのない紘や光彦が、「お前たちは世界を知らない」と言われながら、どうやって、自分が属しているもう一つの世界で理解を深めていくか。現代はグローバリズムという大きな括りで世界を語るけれど、人々の小さな営みで作られるもう一つの世界で成り立っている。そういう起承転結になればいいと思ったんです。

今回の作品で社会派をやるつもりもないし、何かを告発するつもりもないんですけど、海外派遣に行き、帰還した自衛官のどれだけが深刻なストレスを抱えているか、あるいは自死しているかということを食い止めるのは国の責任でもあるし、そして僕らの責任でもあると思うんです。僕は物語の軸ではないけれども、こうした日本の国が抱える自衛隊の問題などにも同時に気づいて欲しいとも思います。

でも、そればっかりだと稲垣君や渋川君の役が、そのテーマをやるための道具になってしまう。だから、もう一つの備長炭作りの世界をしっかりと描いたんです。みんな焼き鳥屋に行って、備長炭使用という看板を見たり、今や脱臭にも使ったり、お風呂にも入れる、炊飯器に入れるといったいろんな用途で使う備長炭なのに、どういう生産過程を通って、ここにあるのかをきちんと知らない。自衛隊問題のようにあからさまに社会性のあるものもあるけれど、“炭を作る生産者を見せる”ということも僕にとっては社会性なんです。ひっそりと日陰にあるものにも注目して欲しい。全てのモノは作っている人がいるんです。

――その炭焼き職人を演じた稲垣さんはどれぐらい炭焼きについて学んだんでしょうか?


阪本監督:2日間と、あとは撮影で現地に来てからその隙間で覚えてもらいました。昔、(香取が)「今日、生放送でやるダンスを30分間ビデオで見ただけで覚える」って言っていたから、(稲垣も)作業を覚えるのは早いんです。そして、コツを覚えるのも早くて。本職がほめてましたよ。それに、「ゴロウ・デラックス」(TBSテレビ)を見てもわかるけれど、彼は人に対して興味を持つという能力がすごく長けている。だから、最初に炭焼きの窯に連れて行ったとき、僕が間を取り持つつもりが、稲垣君が炭焼き職人の人にいくつも質問を投げかけるのでその必要がなかった。芝居上関係のあるものもあれば、関係のないものまで聞いてくる。その好奇心には驚きました。


――監督が期待した以上に稲垣さんは炭焼き職人になったんですね。


阪本監督:そうですね。僕も映画の冒頭、観客に“稲垣吾郎”を忘れてもらうために、初登場をクルマのバックにしたんです。しかもニット帽をかぶっているから、ファンはもちろんアイドルの稲垣吾郎しか見ていない人でも、おやっと思う。できるだけ、稲垣吾郎の匂いを消そうと演出したんです。ただ、「あそこ」って指をさしたときに、しなをつくるのはやめようっとは注意しましたね(笑)。やっぱり、アイドルとして身についたものはあったのかもしれません。でも、彼は一度言えばわかるから、次やった時には「監督、今のは形、作ってしまいましたね」と自分でダメ出ししてました(笑)。

――監督から見て、稲垣さんが今後俳優として、どう変貌を遂げて欲しいと思っていますか?


阪本監督:稲垣君は自分が次に、こういう役をやりたいと思う人ではないんです。提示されたものに対して、その提示を受け入れ、また違う経歴を作っていけると人だと思うんです。今後、ますます彼に、こんな役もあんな役もと提示する側が増えていくと思います。僕みたいに、稲垣君本人は画家をやると思っていたのに、「いやいや、庭師です」っていう予想外の提案も増えていくと思う。いろんな作品に出会って、血とし肉とし、年を重ねて50歳になったときに、どういう俳優さんになっているか楽しみです。

テキスト:前田かおり

写真:You Ishii


(C)2018「半世界」FILM PARTNERS

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