高安戦の敗戦直後、「験直し」で“親方自ら”焼酎がぶ飲み 貴景勝初優勝の陰に千賀ノ浦親方の懐の深さあり

 横綱の白鵬(宮城野)、鶴竜(井筒)の2横綱が場所前に休場を発表し、一人横綱の稀勢の里(田子ノ浦)がどのような結果を出すのか。また関脇・御嶽海(出羽海)の大関取りなどに注目が集まり初日を迎えた大相撲九州場所。大方の予想や期待とは裏腹に稀勢の里は初日から4連敗を喫した。横綱が初日から4連敗をするのは、1931年春場所の第29代横綱・宮城山以来87年ぶり。さらに一場所十五日制が定着した1949年夏場所以降では、初となる不名誉な記録となった。


 上位陣の不調も目立った。大関・豪栄道(境川)は七日目の前頭四枚目・正代(時津風)戦で右上腕を痛め、十一日目に8勝目を挙げて辛くも勝ち越したが、後半戦は立ち合いの変化を二日続けるなど、精彩を欠いた内容で十二日目に休場を発表。大関・栃ノ心(春日野)と大関・高安(田子ノ浦)の2大関のみの場所となり、いったいどのような結末が待ち受けているのか、混沌とした平成最後の九州場所は、今場所から千賀ノ浦部屋所属となった小結・貴景勝(千賀ノ浦)の初優勝で幕を閉じた。


 22歳3カ月での初優勝は元横綱・若乃花(当時・若花田)に次ぐ史上6番目の年少記録にもなり、殊勲、敢闘のW受賞に開催地である福岡国際センターは大いに沸いた。22歳3カ月の若武者は初日に稀勢の里を破ると、破竹の勢いで6連勝。七日目の御嶽海戦で初黒星を喫するものの、その後も6連勝を飾って優勝争いのトップをひた走った。


 追われる立場で迎えた十四日目の高安戦では土俵際まで大関を追い込むも、土壇場で一回転をした高安にまさかの逆転負け。千秋楽では前頭三枚目・錦木(伊勢ノ海)に勝ち切り、結びの一番の高安と御嶽海の結果を待つことになった。支度部屋ではテレビで状況を観ることもなく、『必ず決定戦になる』という思いで準備に余念がなかった貴景勝。しかし本割で高安が御嶽海に苦汁をなめ、その時点で貴景勝の優勝が決まった。


 付け人にその事実を伝えられた貴景勝は、優勝インタビューで「弱い自分が出そうに何回もなりました」と本音を漏らすも「まず力を出し切ることが目的であって、それを忘れてはいけない。白星だとか黒星だとかは考えずに、内容を求めて相撲を取ったので、それがよかったのかわからないですけど……白星を挙げることができてよかった」と話した。その言葉にこれまで培ってきた自身の相撲に対する考え、何より元貴乃花親方の教えが凝縮されていた。恒例の一夜明け会見では「最初で最後の優勝にならないようやっていく。ますます頑張っていかないといけない」と抱負を語り、慢心の様子は皆無だった。


 元師匠の貴乃花親方が日本相撲協会を先月退職したことで、在籍する部屋が千賀ノ浦部屋に変わったことは本場所前にも大きな話題となった。そんな中、今まで以上の結果を出せたのは本人の稽古の賜物ではあるが、10月上旬に旧貴乃花部屋の力士を受け入れ、弟子たちが相撲に集中できる環境づくりに努めた千賀ノ浦親方という功労者がいたからではないだろうか。新体制となってからは「どの子も我が子」と自身の思いを書に記し、貴景勝が高安との直接対決で2敗目を喫したときには「験直しをする」と“親方自ら”ワインや焼酎を勢いよく飲み干したという。早々に弟子が恩返しをしてくれたことに関しては「一番一番、自分の相撲を取り切れた。度胸がいい」と新しい師匠としての幸せを噛み締めた。


 初場所では大関取りも視野に入れなければならない。弱い自分に打ち勝ち、さらに上を目指すことができるのか。22歳3カ月の若武者の挑戦は始まったばかりだ。【相撲情報誌TSUNA編集長 竹内一馬】

(C)AbemaTV


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