海外では高く評価される障害者のアート作品、2020年に向け、兆しは日本でも?

 6月から全国で順次公開されている映画『地蔵とリビドー』が大きな反響を呼んでいる。障害者が生み出すアートと、その熱き創作活動を描いたドキュメンタリー作品だ。


 舞台になったのは滋賀県にある障害者施設「やまなみ工房」だ。通常こうした施設では知的障害・精神障害・身体障害者などに対し生活訓練や就労支援を行うのが一般的だが、やまなみ工房では何よりも自由を重んじており、何をどれだけやるのか、そのやり方も全て本人次第だ。そのためスタッフもサポートはするが指導は行わない。そんな生活の中から障害者が生み出した独創的な作品は、世界中の美術館やギャラリーでも高く評価されているという。

 『地蔵とリビドー』の笠谷圭見監督は「普段、障害者と接する機会がなくて、電車の中で急に奇声を発する人がいて"なんか何か怖い"とか、そういう程度だった。でも、それは分からないから怖いのであって、障害者施設に5時間もいれば知らなかったことが見えてきた。彼らは誰かに評価されるために作っているわけではないし、ほとんどの人は完成した瞬間に興味を失っている。その純粋さに、僕は絶対にかなわないと思う。描く、歌う、踊るっていうのは人間が持っている本能だと聞いたことがあるが、"表現欲"というのは誰にでもあるものだと思うし、コミュニケーションの原点だと思う。彼らを支援するというよりも、多くの人に彼らの魅力や才能を知ってほしい」と話している。

 AbemaTV『AbemaPrime』では、施設長を務めるのは山下完和氏と数年来の付き合いがあるというノンフィクションライターの石戸諭氏と、やまなみ工房の創作の現場を取材した。


■30年間、同じスタイルでつくり続ける

 『地蔵とリビドー』のタイトルにもなった作品を生み出した山際正己さんは、常に「正己君もよう頑張ったな!日本一やな!」と言葉を発しながら地蔵を作り続ける。支援員の棡葉朋子さんによると、「昔、あるスタッフが"正己もよう頑張ったな。日本一やな"と語りかけたことから始まったのかなと思う。30年間変わらないスタイルで、もう4万体以上の"正己地蔵"を作ったと言われている」と話す。

 ピアノ線で粘土を削り、無数の小さな穴を開けているのは吉川秀昭さん。穴は無作為に開けられているわけではなく「目・目・鼻・口」という意味を持っており、無数の穴を通して"顔"を表現しているのだという。棡葉さんによると、吉川さんも30年間変わらず同じスタイルを貫いているのだという。

 石戸氏が「これらが美術品として海外でも高い評価を得ている」と話すように、山際さんや吉川さんの作品には高い値段が付くようになった。「みんなびっくりしている。10年くらい前まで秀昭さんの作品は1本3000円や5000円で販売されていた。それが今では1本10万円〜15万円。やまなみ工房も秀昭さんも、30年何一つスタイルを変えていない。周りの見方が変わってきている」と話す。

 自閉症を抱えている岡元俊雄さんは、かつては情緒不安定になると人を傷つけてしまうこともあった。「毎日パニック症状が起きて、自傷や他傷が続いた。ドライブが好きなので、出かけて気持ちが落ち着いたら戻ってくる、というのが8年続いた。ある時、すれ違うトラックを嬉しそうに見ている姿を見て、"もしかしたらトラックが好きなんじゃないか"と気付いたスタッフが"一度描いてみようか"と言って始まった」(棡葉さん)。寝転びながら自由に描く岡元さん。それ以来、暴力行為は無くなった。棡葉さん「今では展覧会に出品してほしいとの依頼も多い。お父さん・お母さんは俊雄さんが起こすパニックで日々大変だったと思うので、とても喜んでいる」と話した。


■「自分たちでアートだと言ったことはない」

 創作の現場を目の当たりにした石戸氏は「作品を見た時に、僕たちは"障害者だから""障害者なのに"という言葉をどうしても付けてしまう。そういう文脈を外して考えたい。単純に作品として魅力的でかっこいい。パワーがある。僕たちには常に"評価されたい""褒められたい"という気持がどこかにあるが、彼らにはそれが全くないただ自分が作りたいものに対してすごくシンプルでストレート。また、言葉や文字にするのは苦手だが、作品を通してコミュニケーションを図ることができるし、僕たちは彼らが何かを考えているかが分かる」と指摘する。

 施設長の山下完和氏も「様々なところで彼らの作品を評価してくれる人がいるのはうれしいが、そこに目的を置いているわけではないし、一度もアートと言ったことはない。僕もそうだし、携わってくださっているスタッフにとっては、『本人がどう思っているのだろう』『本人は果たして幸せなのか』『楽しいのか』という好奇心と想像力でしかない。ただシンプルにニコニコしていてもらいたい、それだけ。どれだけ社会の評価があっても、絵とか粘土をすることがしんどくなったらいつでも辞めればいいし、常に彼らのしたいことをしていてほしい」と話す。

 「むしろ"アート"と呼んでいるのは僕ら以外の人。ここ最近、作品を通して彼らのことを知ってくださる方が多いが、芸術面で障害者が優れているとか特別な力を持っているとか、"障害者だからすごい。障害者なのにすごい"ということではなく、障害のあるなしに関わらず、一人の人間として"よく分からないけど、すごく魅力的なんだよ"ということを伝えたい」。

 映像を観たコンサルタントの宇佐美典也氏は「"ゴールはどこにあるのか"と尋ねられたザ・ブルーハーツのメンバーが、"ロックにゴールなんてない、中高生が廊下で箒をギターに見立てて盛り上がっている、あれがゴールなんだ"という意味のことを答えたインタビューを読んだことがあるが、それを思い出した。僕たちはいつもマーケットのことを先に考えてしまうが、まずは"好きで好きでしょうがない"、ということがあるんだと思う」と話した。


■高額で取引されても、あくまで"副産物"

 美術の専門的教育を受けていない障害者が評価を気にせず衝動のままに表現したアート作品は、とくに「アウトサイダー・アート」「アート・ブリュット(生の芸術)」とも呼ばれ、死後に大量の作品が発見されたヘンリー・ダーガーや、日本人では草間彌生氏などが知られている。あくまでも福祉活動の一環で、権利関係も曖昧な上、作者にお金が入らないこともあるという日本とは異なり、海外ではそれぞれが正当に評価され、個展や作品の売買も一般的なアーティストのものと変わらないという。

 石戸氏は「やまなみ工房では、とりあえず売上は全て彼らに入るようにしているという。ただ、あくまでも作品は"副産物"であって、岡元さんがそうであるように、制作することよりも、それを通じて精神が安定することの方が大事だという考え方。1日に15分〜20分、周りが誰もいない昼休みにだけ作ると決めている人もいるし、もっと作れといって作れるものではない。儲けることが先に来た途端に破綻してしまうと思う」と話す。

 その上で「"障害者が作ったものだから福祉活動だよね、慈善事業だよね"というのが日本の現状なので、彼らの作品を正当に評価したくても評価できないし、買いたくても買えないという状況にもなりかねない。やまなみ工房を中心として、アーティストとしてきちんと評価していこうという機運も高まりつつあるが、課題は多い。僕も特別なものだと思って見ていたところがあるが、今回、初めて作品を作っているところを何時間も取材して、彼らの日常生活の延長にあるものだということが分かった。そういう体験必要だと思う」と指摘した。

■「ものさし」の多様化を

 そんな日本でも今年6月には「障害者文化芸術活動推進法」が可決された。これは国や自治体に対し、障害のある人の芸術活動を支援する基本計画の作成を義務付けたもので、文化施設のバリアフリー化、公共施設での鑑賞機会の拡大、制作環境の整備などが含まれている。

 宇佐美氏は「障害者と社会の関わり方は3段階あると言われている。まずは参加しましょうという"ノーマライゼーション"、次に障害者しか居ない場所を作って分けるのをやめましょう、一緒に働きましょうというような"インテグレーション"。日本は今、この段階だと思う。その先に、健常者が普通というような考え方ではなく、それぞれの特徴だという考え方のもとに認めあって、包摂していく"インクルージョン"。すでにヨーロッパでは実現しているが、日本でもこの段階に入っていくと思う。アート作品で言えば、最初に健常者と障害者で入り口を分けてしまえば市場も分かれてしまうことになる。小さい頃から違い認め合って一緒にやっていく、ということが定着すれば、いずれ市場も一緒になってくる」とコメント。

 石戸氏も「作品に触れる機会がものすごく少ないし、展覧会があっても小さなスペースだったりするので、機会を色々なところで設けることが必要だ。障害者アートの認知度が少しずつ高まるにつれて後押ししようという動きも出てきているし、2020年に東京パラリンピックが開催されるということで、スポーツも含めて、そうした機運が高まっている」と指摘。「最近、"生産性"という言葉が非常に注目された。例えば"目・目・鼻・口"の方は、障害者施設の中でも、同じ時間で他の人が100できる内職を1くらいしかできない。でも、彼の作る作品は非常に大きな評価を得ている。つまり、どのものさしで図るのか、ものさしを多様化するということが重要になってくる」と話していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


▶「やまなみ学園」の取材映像などを期間限定で無料配信中

続きを見る

0コメント

  • 1000 / 1000