「ドラフト1位指名されるような選手を育てたい」野球賭博で有罪判決 元巨人・笠原将生投手が語った"夢"

 「いつか"投手塾"をやりたい。どこかの球団からドラフト1位指名されるような選手を育てたい」。


 野球賭博に関わったとして無期失格処分を受け巨人を退団、その後、執行猶予付きの有罪判決を受けた笠原将生氏が6日放送のAbemaPrimeに生出演、胸中を語った。


■「出させて頂いていることに感謝したい」

 現在は福岡でウニ料理店を営む傍ら、東京でバーを開店させることを目指し、新宿で接客やテーブルマナーを学んでいるという笠原氏。「すごく緊張しています。こうやって出させて頂いていることに感謝したいと思います」と語り出し、「転落の歩み」というタイトルのフリップにも「ありがたいです」と神妙な面持ち。


 2008年、ドラフト5位で巨人に入団、2012年に一軍初登板。翌年には初の開幕一軍を勝ち取り4勝を挙げた。通算成績は80試合に登板し116投球回、7勝1敗1セーブ、防御率4.34、奪三振116となっている。「こうしてみると、防御率めちゃめちゃ低いですね(笑)」。


 "転落"が始まったのは2014年のこと。ある先輩に誘われ、闇カジノ(バカラ)を訪れた。「焼肉もタダでメッチャ楽しいところだよ、みたいな感じで誘われて。本当か嘘か、"○○も行ってるよ"とも言われた。何も知らなかったので、"マジすか、連れて行ってくださいよ"と。店内にギャンブル場がありましたが、知識もなく、法的にもOKだと思って、ご飯もいっぱい食べられるのでメチャメチャありがたいなという感覚でハマっていきました」。

 そして、プライベートで交流があった飲食店経営者B氏から野球賭博の話を持ちかけられることになる。「ゴルフも一緒に行っていくなど、3年くらい付き合いをさせて頂いていた、本当に兄貴的存在の方。全然怖くもない。ある日、そのB氏に"試合が終わったあと飲みに行こうよ"と誘われて。そこで"こんなのあるよ、野球は詳しいだろ、やってみろよ"と。そこから入っていっちゃいました」。


■「暴力団の存在、全く気が付かなかった」

 一般に、賭博には賭場を開いて手数料をとる「胴元」がいるが、野球賭博は顧客と接する「小胴元」、複数の小胴元を束ね対象試合のハンデ表を送り、賭け金の偏りを調整する「中胴元」、中胴元をまとめる最上位の「大胴元」からなっているという。スポーツライターの小林信也氏は「ただの勝ち負けだとすぐに予想が当ってしまうので、ハンデをつけて、どちらか分からないような基準にする。それを知識のあるプロ野球の元関係者や元選手、元指導者だった人がその役を担っていたことが問題になったこともある」と指摘する。笠原氏も、やがて賭け金を他の選手から集めるなどの仲介役として「小胴元」になっていく。

 「B氏や、麻雀仲間だった大学院生A氏から毎日送られてくるハンデ表みたいなものを他の選手(高木京介投手、松本竜也元投手、福田聡志元投手)に送って集金したり、お金を渡したりしていた。それぞれが知り合いではなかったので『笠原、間に入ってやってよ』という感じの流れだった」。


 2016年9月には、B氏に賭博をさせたとして指定暴力団山口組系幹部らが賭博開帳図利容疑で逮捕されている。つまり、野球賭博を主催していた"大胴元"が暴力団だったということだ。元山口組二次団体幹部で作家の沖田臥竜氏は「野球賭博はヤクザの重要な資金源で、なくなれば存続不能となる組もある」と話す。しかし、笠原氏は「どこにお金がいっているのか全く知らなかった。暴力団の存在にも全く気が付かなかった。単なる仲介役という認識で、当時は違法なことだとも全く思わなかった」と振り返る。

 しかし2015年、福田元投手に借金を取り立てるため、A氏が球場に現れたことから問題が発覚する。結果、笠原氏を含む4選手は巨人に解雇され、日本野球機構からは無期失格の処分を受けた。そして翌年、笠原氏は賭博開帳図利幇助などの容疑で警視庁に逮捕される。「手錠をかけられた時は、よくテレビで見ていた光景なので"あれ、これが逮捕?"という感じだった。羽田空港でバシャバシャ撮られた時は"うわ、本当にやばい。どうしよう"と。(顔を隠すため頭にかぶっていた布は)キャビンアテンダントさんに"ひざ掛けなんですけど使ってください"と渡された」。

 同年秋、笠原氏には懲役1年2か月、執行猶予4年の有罪判決が下った。小林氏は「本人にそういう気持ちがなかったとはいえ、小胴元という開帳する側の一員だったということでそういう判断をされた」と話す。


■「話しにくい相談は全部外部の人になっていた」

 一連の事件を受け、日本野球機構は12球団に対策を指示、選手からの聞き取りや注意喚起を行った。再発防止対策チームを設置し、各球団の春季キャンプで研修も開催、野球協約上の有害行為や黒い霧事件の経緯・背景を説明したという。しかし笠原氏は、こうした研修を受けていたとしても「B氏のことも悪い人とは思っていなかったし、利益もゼロだったから、やっていたかもしれない」と話す。そして、自身の事件が氷山の一角だった可能性については「どうなんですかね。まああったと思う」とコメントした。

 慶應義塾大学の若新雄純・特任准教授は「ちょっと前まで学生だった人が、すごい契約条件で華々しくデビューするプロ野球には色々なストレスやプレッシャーがある中で相談できる人が内部にいないのではないか。だからB氏のように『俺に頼って色々この業界のこと全部任せとけ』とみたいな外部の人も現れると思う。一般企業には新入社員が相談できる教育担当の上司や窓口があるように、球団や業界が守っていく仕組みが必要だ」と指摘すると、笠原氏も「話しにくい相談は全部外部の人になっていた」と明かした。


 小林氏は「アメリカではエージェントが、寄付をするとか、自分の名前を入れた商品を作って将来に備えようとか、契約金をどう使うかまで指導する。日本ではそれがない」と指摘した。

 2016年当時のインタビューで、今後について「まだ、正直はっきりとした目標は出せていないのが現状だが、しっかりと反省してその処分もしっかり受けて、許されることではないが、またいつか野球がしたいというのがある」と語っていた笠原氏。番組では「ひとりひとりに合った的確な指導ができる、少人数制の"投手塾"をやりたいと思っている。自分が教えたということはあまり公にせず、でも、どこかの球団にドラフト1位指名されるような選手を育てることが夢」と話した。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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