路上で激しい衝突も‥「建国記念の日」は必要?不必要?歴史的ルーツを探る

■デモ隊が路上で衝突も

 「建国記念の日」の11日、都内ではこの祝日を盛大に祝うパレードや記念式典が行われた。式典に参加した人「"天皇陛下万歳"なので。年寄りばかりで若い人はほとんどいない。これから先どうなるのかなと思う。日本が心配」「戦争直後の自虐史観みたいなのがあった。そうではなく、日本の素晴らしさを広めていってほしいと思う」などと話した。

 その一方、「建国記念の日」に反対する人々による集会も開かれた。実行委員の男性は「単純に天皇制反対の一環として反対している」「僕の父親が『今の天皇のためには死ねんな』と言った。昭和天皇のためなら死ねたんだということにショックを受けた」と話し、トランスジェンダーだという人は「性的少数者の解放のためには、一夫一婦制をまず打倒すべき。そのためには、天皇制が続いてはいけない」と訴えていた。

 そんな賛成派と反対派の対立は路上でも繰り広げられた。「民主主義に天皇はいらない」「天皇制を廃止しよう」と主張する反対派のデモ行進に対し、賛成派からは「"天皇陛下がいらない。天皇制をぶっつぶせ"。そういった思想でギャーギャー騒ぎ立てるような輩がここをデモ行進します」「ご通行中の皆さん、一声上げて下さいよ、"バカヤロー!"って。こいつらは、日本人の幸せをぶち壊そうとしている」と猛烈に抗議。さらに反対派のデモに飛びかかった右翼関係者が、警察に連行される場面も見られた。

 こうしたデモ参加者の中には「中立の立場で参加した」と話す大学生たちの姿もあった。「まだわからないことが多いから、これから勉強していかなきゃと思った」「紀元節がどういうものなのかとか、建国記念の日がどういうものなのかというのは、若い人、僕の同世代の人は知らない人がほとんどだと思う。それがどういうもので、ちゃんと神話であってということを知らしめるという必要はあるかなと。だからこの活動は意義があると思う」と話していた。


■ルーツは神武天皇が即位した紀元前660年

 建国を偲び、国を愛する心を養う「建国記念の日」。そのルーツは、歴史学上では神話の人物とされる初代天皇・神武天皇が即位した紀元前660年1月1日にある。1873年、明治政府が天皇のもとに国民を統合するため、その新暦にあたる2月11日を「紀元節」として祝日に制定した。敗戦後、GHQが皇室や神道を国民から切り離すため紀元節は廃止となったが、日本が主権を回復した1950年代に入り「紀元節」の復活を求める声が高まり、1966年に建国を偲び、国を愛する心を養う祝日として「建国記念の日」が誕生、翌年から適用された。「建国記念日」ではなく、「建国記念の日」となっている理由は、建国されたという事実をお祝いするという解釈だから、とされている。しかし同時に、戦前のような天皇中心の国づくりを懸念、この祝日に反対する意見も増え、対立は50年以上にわたって続いてきた。

 12日放送のAbemaTV『AbemaPrime』に出演した東京大学史料編纂所の本郷和人教授は「欧米列強に追いつけ追い越せと近代化を目指した明治期、国民の力を一つにまとめるために、天皇を核として考えた。1873年に紀元節ができた時も、いわば国の誕生をお祝いしようという感じで、日本のアイデンティとして、天皇があるじゃないかということだった。この、紀元前660年に神武天皇が即位したという話の背後にあったのが干支。60年で一回りする干支の中で、辛酉(かのととり)の年は革命が起きるとされ、さらに1260年に一度、大革命が起きるとされている。そこで明治時代、那珂通世という歴史学者が推古天皇9年(601年)に大革命が起きたと考え、その1260年前に神武天皇が即位したのだろうと考えた。しかし年月が経つと、作った人のそうした気持ちは忘れられてしまい、利用しようとする人たちが出てくる。歴史学もむしろ明治時代は自由だったが、大正のあたりから締め付けが始まり、昭和前期になると"皇国史観"が出て来て、"このような伝統があるというのは、諸外国よりも上等の国なんだ"と軍国主義に利用されるようになる。そういう思想のもと、他国をどんどん侵略したとGHQが考えた」と説明する。

 実際、太平洋戦争開戦前年の1940年には「紀元2600年」(神武天皇が即位した紀元前660年を元年とする暦)を祝う記念式典や祭りが全国規模で盛大に行われ、日中戦争の長期化に伴う国民生活の困窮と疲弊を晴らし、日本が長い歴史を持つ国であることを内外にアピールしようとした。

 「神武天皇の実在は証明できないし、さらに最初の方の天皇がお亡くなりになったのは100歳を超えている。それでも、戦前は"神様だからおかしくない"という話だった。そんな皇国史観という科学的根拠がないものに国民が熱狂していたから、当時の世界の見方は、今の僕たちが北朝鮮の軍事パレードを見ているようなものだっただろう。平泉澄という歴史学者も言っているが、皇国史観は信じるところから始まる。日本書紀、古事記に書いてあることをまず信じるのが前提。だから、ちょっと危ないな、という感じ。戦後になって歴史学は科学になった。神武天皇の存在が証明できないことや、紀元前660年という年代もあやふや。「建国記念の日」の制定にあたって、歴史学者でもあった三笠宮崇仁殿下(昭和天皇の実弟)が"史実である根拠がないから"という理由で反対されたという有名な話もある」。


■賛成派も反対派も少数派に?

 現代の日本では、「建国記念の日」について特に意識しない人がほとんどだ。しかし、アメリカでは7月4日の独立記念日に大統領がホワイトハウスで演説し、フランスでは7月14日の革命記念日に大統領が出席する軍事パレードが開催される。そして中国でも、10月1日の国慶節は天安門広場で式典が開催され、大型連休になるなど、世界では国民が一丸となり自国の建国を祝う。

 安倍総理大臣は2014年から首相官邸HPにメッセージを掲載してきたものの、政府主催の式典などは開催されていない。このことについて本郷教授は「朝鮮日報や中央日報を読んでみると、2012年の自民党による憲法改正案の中で天皇を象徴から元首にするという点があることを取り上げ、日本が再び軍国主義になるんじゃないかと警戒している。もし大々的に建国記念の日の式典を開催すれば、靖国神社の問題と同じことになる可能性もある。だから静かにお祝いするという形にしているのではないか」とした。

 「建国記念の日」にまつわる論争について本郷氏は「歳を取った、空気が共有されていないなと感じる。四半世紀くらい前までは、知識人や教養人たるもの、少なくともやや左じゃないといけなかった。東大という組織の中でも、反対派の集会に参加させられ、右でも左でもなかった僕はすごく苦労した。バブルが弾けてからは、右だ左だよりも経済が先だという話になり、気づけば自民党対社会党という図式自体も崩れ、左の政党がなくなった。その結果、建国記念の日に反対している人も圧倒的少数になった」と話し、むしろ賛成派も反対派も少数派になったと指摘。経済評論家の上念司氏は「自民党憲法改正推進本部では現在、天皇の問題についての議論はなされていない」としたが、憲法改正論議にともなって天皇制の問題が浮上する可能性があることにも触れ、一人一人が改めて歴史に思いを巡らせてみる必要があるとした。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)


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