東日本大震災から6年 被災者に”幽霊"が見える本当の理由

 東日本大震災から6年が経つ。被災地では不思議な体験をした人たちが少なからずいるという。検索サイトでも東日本大震災タブーと打ち込むと様々な体験の記述が出てくる。


 実家が津波で流された宮城県石巻市の畑中修さんは、震災から8カ月後、様子を見にいこうと瓦礫の中を歩いていた時、ある違和感を覚えたという。


「急に具合が悪くなって、このまま進んでいたら倒れるかなと思った。やばいと思ってすぐ引き返した。そのまま来た道を戻ると、すーっと何かがいなくなるかのように体調は回復した。一度避難して、荷物を取りに戻った人とかが流されたり亡くなったりしているので、その人たちの魂がすがってきたのかな」。


 なかでも特に被災地のタクシードライバーたちの中に、こうした経験をした人たちが多いのだという。

 仙台市にある東北学院大学で、震災と死者、魂をテーマに様々な研究を行ってきた金菱清教授(社会学)のゼミ。タクシードライバーと幽霊現象についての論文をまとめた一冊の本が大きな話題を呼んだ。


 「初めのうちは噂や又聞きというレベルで研究の対象にはならなかった。だがゼミで報告していて、一件だけタクシードライバーの話が出てきた時にものすごくリアリティがあるというか他の事例とはまったく違うことを感じた」(金菱教授)


 学生たちが聞いたのは、どれも具体的な話だった。乗車していた30代の女性が「私は死んだのですか?」と言うとそのまま姿を消したという体験、若い男性の乗客に「彼女は元気だろうか?」と尋ねられ、聞き返すと姿は無く、小さなリボンがついた箱だけが残されていた、といった体験だ。


 本来なら恐怖を感じてしまいそうな出来事ばかりだが、金菱教授によると、タクシードライバーたちは皆"怖くない"と話し、「もう一度乗ってきても乗せてあげる」といった感覚だったという。


 実際に被災地のタクシードライバーに話を聞いてみると「夜中の2時にタクシーを回してくれませんかという電話がかかってきた。その日は晴れた日だったのに、電話のの向こうから雨の降る音が聞こえてきた」という話を教えてくれた。「そういう話はあって不思議じゃないと思う。"家に帰りたい"という気持ちがあって出てきたのかなと。怖いとは感じない」。


 不思議な体験を語ってくれた畑中さんも、当時35歳だった妹・洋子さんを津波で亡くしており、姉の友子さんにも妹にまつわる霊体験があるという。畑中さんも同様に「幽霊が怖いとかじゃない。逆に励まされている。亡くなった方からの勇気と支えをもらい、頑張ろうという気持ちになる」と落ち着いた表情で話す。


 「亡くなった妹の夢を見ると、肩が触られた感触まであった。間違いなく妹だ。妹に触られた。幽霊でも会いたい」(畑中さん)。


 金菱教授は「今回の震災は行方不明者が多いという特徴も関わってくる。行方不明者の死を受け入れるには長い年月がかかる。曖昧なものを死後の世界に送って"はい、終わり"というわけにはいかない。"送らない世界"がここにあるということを考えざるを得なかった」と振り返った。


 福島学院大学の杉山雅彦教授(臨床心理学)は心理学の立場から「日常的に強いストレスがっかかっている状況」、もう一度会いたいと強く願状況が、霊が見える状況が生じやすくなるのではないかと分析する。


 石巻市に住む遠藤由理さん。津波で亡くした3歳の息子の最期が、どのような状況だったのかすらも分からないと語る。そんな遠藤さんがある日一人でいるときに、「こうちゃん、このおもちゃ動かしてって」と言うと、おもちゃが動く音がしたという。また、家族での夕食時にも同じような出来事が。「こっちに来て食べなって言った瞬間、音がした。家族みんなで、こうちゃんだねと」。


 怖いという感情はなかったという遠藤さん。「あの世ってどこにあるんだろう、空の上ってどこなんだろう、と何もわからなかった。でも、こんな近くにいてくれてるんだ、そばにいてくれるんだと思い、嬉しく安心した」。


 保険の外交員として働いていたある女性も不思議な体験をしている。「窓の外に、こっちを見て頭を下げているご夫婦がいた。よく見ると、担当していたエリアのお客様で、ぼーっとした感じではなく、本当に"人"っていう感じだった。"助かった?"のみたいな感じで聞いたら、"うんうん"って、二人で頭を下げて去っていった。地域全体が津波被害にあったのに、あの人達助かったんだ、近くに居たんだ、って受け止めていたんですけど、実際はお亡くなりになっていたので…」と、不思議な体験を振り返る。


 女性は「誰に言ってもオカルトとか怪奇現象とかそうやって片付けられるかもしれないけど、それは知らない人が出るから怖いのであって私が見えたのはみんな知っている人達だったので絶対に怖くない。"心霊"ではなく"親しい霊=親霊"だと私は考えている。”親霊”なら今後も出てきてくれていい」と話した。


■被災者の声聴く和尚「幽霊が見えて当然。6年経っても心は行ったり来たり」

 宮城県・栗原市で500年以上続く通大寺の金田諦應和尚は宗教家の立場から、こうした霊体験に向き合ってきた。


 震災直後から津波で利用できなくなった沿岸部の火葬場に代わり、内陸の栗原市と連携し火葬ボランティアとして活動してきた金田和尚。「誰も火葬場で泣いていなかった。これはよっぽどのことなんですよ。それほど深い悲しみ、深い苦悩を背負ってしまった人というのは表情もなくなってしまうし泣くことも出来なくなる」。


 自分たちに何ができるのかを考え、被災者一人一人の話をじっくりと聞くための場「傾聴喫茶・Cafe de Monk」を始めた。"僧侶"たちが被災者の心に溜まった"文句"を吐き出してもらい、一緒に苦悶し、心と向き合うというものだ。


 「震災の年のお盆が過ぎたあたり、カフェで20人くらいのおばちゃんたちに"物陰に人が立っていた"とか"水たまりの中に目玉がいっぱいあった"という話を聞かされた」。


 一人ではなく、多くの人が不思議な出来事を経験していた。不安を感じていた女性たちに和尚は「おそらく亡くなった方達も"一体何があったんだ?一体自分はどこにいるんだ"って思っているでしょう。こっちも思って、あっちも思って相思相愛だよ。怖がるな、むこうも心配してるんだ」と語りかけたという。


 「見えて当然だと思う。濃淡はあったとしても、その人の人生を彩っていた人ですから。怖い存在ではないと思う、でもやっぱり悲しい存在。そして、それを怖がっていないで幽霊に対して色んな思いを巡らせている人たちもやっぱり悲しい。大切な人とお別れしたんですから」。


 金田和尚は、自分たち宗教家にできるのは「動かなくなってしまった心をもう一回動かして現実をきちんと見て未来へ続く物語を作っていくこと」だと語る。


 「曖昧な死を抱えている人たちに、亡き人の代わりにと、お地蔵さんを作ってもらって、知らない人同士で手を握って、念を込めた。これくらいの大きな災害になると、わたしたちの伝統文化の中にそれを乗り越える力が組み込まれるという感じがしました。お位牌やお地蔵さんなどの"依代"もその一つです。それらを私たちがうまく使って、少し気を静めたり、すこしだけ死を受け入れてもらう」。

 そんな和尚が気にかける女性がある。それは津波で2歳の息子を亡くした母親からのものだった。ある時、一通の手紙が届いたのだという。


 『津波で一階まで浸水してきたので、2歳半の子どもをだっこして二階に上がった。子どもは"お母さん苦しい苦しい"ってずっと叫んでいた。そのうちに壊れた天井から引っ張り上げられて"ああ助かった"とホッとしていたんだけど、腕の中に子どもはもういなかった』。


"子どもが死んだのは私が悪い母親だから"と自ら責め続け、苦しんでいた女性の元へ金田和尚はすぐに駆けつけた。


 「"和尚さん、私のかわいい息子はどこにいる?"という言葉を聞きながら、私はずっと黙っていた。15分くらい経って"どこにいてほしいと思う?"と尋ねたら、じーっと黙っていた。しばらくして"光があふれててね お花がいっぱい咲いているところにいてほしい"と言った。答えがそこで落ちたんだね」。


 しかし、被災者の心は「行ったり来たりだ」と金田和尚。


 「お母さんに6年ぶりに会ったら、"私が死んだら、私が思い続けている息子は2回目の死を迎えてしまうと思う。だから私ちゃんと生きなきゃ"と話してくれた。前に進んだなと思ったら、すぐ1カ月後"夢を見た。息子がおっぱいが欲しいと泣いていた"というメールが来た。また、戻っちゃったなと。決して全て乗り越えるということはできない。背負い方を学ぶしかない」。(AbemaTV/AbemaPrimeより)

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