ボルトの9年前の「金」も剥奪 根絶はまだ遠いドーピング事情

 国際オリンピック委員会(IOC)が、2008年に開催された北京オリンピックの400メートルリレーでドーピング違反があったとして、ウサイン・ボルト選手を含むジャマイカの金メダルを剥奪すると発表した。

 IOCによると、当時出場したネスタ・カーター選手の検体を再検査したところ、興奮作用のある禁止薬物「メチルヘキサナミン」が検出されたという。ロイター通信は、今回の処分に対しカーター選手側がスポーツ仲裁裁判所へ提訴する意向を示していると報じた。


 北京オリンピックでは、日本チームが陸上男子として史上初めて銅メダルを獲得した。つまり、ジャマイカの処分が確定すれば、日本は銀メダルに繰り上がる。当時アンカーを務めた朝原宣治さんはこの「銅メダルをとった瞬間が"感動"として記憶に残っているので、それを銀メダルに置き換えるのはなかなか難しい」と複雑な胸の内を明かした。

 また、朝原さんは3年後に迫った東京オリンピックについて「日本はドーピングをしない世界に誇れる国であると発信するチャンス。日本は当たり前としても、東京のオリンピック、パラリンピックが、ドーピング違反者が一人もいないという大会になって欲しいので世界に強く発信して欲しい。」と語った。


 しかし、なぜ8年前のドーピング違反が今になって発覚したのだろうか。


 スポーツコメンテータの宮嶋泰子氏は「ドーピングというのは、選手の体から採った尿や血液を検査して発覚するもの。2014年に検体の保存期間が従来の8年間から10年間に延長され、その期間で進歩した医化学により、以前は発覚することが無かったドーピングも見つかるようになった」と話す。

 過去のドーピングをも追及するIOCの姿勢に宮嶋氏は「必死だなと感じた」と話す。ロシアの陸上競技界で国家ぐるみのドーピング違反が公になった事件を機に、IOCは"どんなドーピング違反も絶対に見つける"と本気になっているというのだ。


 しかし、IOCが発表したドーピング違反の結果が覆される可能性もある。これから実際にジャマイカチームがCAS(スポーツ仲裁裁判所)に訴えた場合だ。「過去には、ドーピング違反が"シロ"になったケースもある」(宮嶋氏)という


 そもそも、ドーピングが始まったのは競馬やドッグレースの世界だ。その後、徐々に人間にも広まり、19世紀後半〜20世紀前半には第一次世界大戦のために開発された興奮剤がスポーツ界でも使用されるようになっていったという。当時は現在のようなルールもなく、気軽に使用する選手も多かったが、1960年のローマオリンピックで薬物を使ったとみられる選手がレース中に死亡した事件を受け、1968年のグルノーブル冬季五輪・メキシコ五輪で初めて禁止された。1972年のミュンヘン五輪では、競泳アメリカ代表のリック・デモント選手がドーピング検査によって初めて金メダルを剥奪された。


 規制する側の技術がどんなに進歩しても、検査をすりぬける技術もまた向上しており、根絶はまだ遠い。


 宮嶋氏は「昔は、人間には本来ない物質を身体に入れて強くしていたが、今はもともと身体にある物質を入れて強くしている」と、ドーピング判定がますます難しくなってきている理由を説明する。また、国家やチームぐるみでのドーピングや、コーチが選手に嘘をついてドーピングの薬を飲ませ、選手自身が知らぬ間に違反、被害者になっているケースもあるというのだ。


 選手生命を奪ってしまう可能性もあるドーピング問題。宮嶋氏は「スポーツはフェアでなければいけない。ある一定の条件の中で戦うことこそがスポーツの醍醐味であるので、選手には是非守って欲しい」と訴えている。

AbemaTV/AbemaPrimeより)

(C)AbemaTV

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