哲学者・萱野稔人氏が語る「哲学の進歩」

 

 「人間、死ぬというのがあらゆる問の究極にある」

 すべてのものに訪れる“死”について、そう語るのは津田塾大学教授で哲学者の萱野稔人氏。

 人間の『死』に関しては、多くの哲学者たちも思いを巡らせ、数々の名言を残してきた。

「死は、人間のもっているすべての恵みの中でも最高のものである」

 これは、古代ギリシャ哲学の祖とされるソクラテスが、人間の死について遺した言葉だ。

 死を“最高の恵み”と考え、死そのものを恐れていなかったといわれるソクラテスは、国が認める宗教を信仰しなかったことなどを理由に、処刑という形で”死”を迎えた。

 萱野氏は「その時は哲学という学問としての認識はなかったかもしれないが、知能、伝統という最初の出発点を作り上げた、という自信があったから永遠の形を残せた。だから体が死んでもこれは残るのだと」と、ソクラテスが死を恐れなかった理由について語った。

 哲学が誕生してから、すでに2000年以上。そんな歴史ある哲学は、進歩している側面もあるが、その時代ごとに直面する問題や社会は違うため、これからもさらに進化していくかというと、必ずしもそうではないという。

 「哲学っていうのは昔の人がやったことに基づいて、その上にまた次の時代が展開されていく。そういう意味では発展しているといえるが、結局、”時代の中で考えている”という側面があるので、時代が求めている答えを出さなければいけない」と、萱野氏は哲学の進歩について語った。

 時代や社会の状況によって、求めるものが変化するという哲学。

 現代社会に大きな影響を与える“テレビ”について萱野氏曰く、何百万人単位という多くの人たちをターゲットとする媒体・テレビは、伝えられることにも制限があり、どうしても情報が薄くなってしまうとのこと。そして今、テレビの地上波とは違うメディアとして、注目されているのが、インターネットテレビだ。

 “過激”“前衛的”などを押し出した番組も多く存在しているが、これについて「実は制約がある中で物事を深めた方が面白かったり、クオリティの高いものができるかもしれない。それは、コンテンツを作る時の隠れた法則かなっていう気はします。」と語る。

 最後に萱野氏は「言葉を使うことは、感情をコントロールすることにすごく似ていて、実際に自分で言葉を使ってみる必要があると思う」と、“言葉を使う”大切さについて語った。

(C)AbemaTV


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