flumpool、デビュー秘話を衝撃告白 「解散を考えたラストライブだった」

「AbemaPremier」チャンネルにて、10月30日(日)21時00分から2時間にわたって『オトナに!』の放送があった。

ゲストはデビュー曲がいきなり100万ダウンロードを達成、さらにメジャーデビュー1年目で武道館に立ったバンド、flumpool。来年には結成10周年を迎える彼らをユースケ・サンタマリアといとうせいこうの2人がトークで掘り下げていく。

メンバーは全員31~32歳と同年代、しかもドラムの小倉誠司以外の山村隆太、尼川元気、阪井一生の3人は幼稚園からの幼馴染という経歴を持つ。

flumpoolの名前は、はじめは「cube」という名前だったが、メンバーが4人になった際に改名したのだそう。命名したのは阪井で、阪井によると名前に意味はなく、当時好きだった「Francfranc」や、偶然ニュースで見たサッカーの「リヴァプール」といった単語から作った造語なのだという。他にも挙がった候補が山村の「電撃ミシン」や尼川の「マイアミレタス」などで、とても納得できるものではなくflumpoolで決まったのだそう。結成当初は意味を聞かれたら無理矢理答えるなどしていたが、2回ほどですぐにこじつけるのをやめてしまったのだという。

デビューして1年で武道館という急速な売れ方をしたflumpool。ユースケがメジャーデビュー前から人気があったのかと聞くと違うそうで、尼川によるとデビュー前の最後のライブは客が6人しかいなかったのだそう。ライブハウスのブッキングマネージャーが彼らを気に入り、現在所属している事務所に音源を送ったことから、事務所の人間が彼らのライブを聴きにきたのだが、そのライブが実は解散を前提にしたラストライブのつもりだったのだそう。阪井は「初めて(この話)言ったんちゃう?」と山村の告白に驚いていた。いつもとは違う空気が「上手くダマせた」のではないかと山村は当時を振り返った。

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