日弁連の死刑制度廃止の宣言 存置派・廃止派の意見を聞く

日弁連は10月7日、福井市で行われた人権擁護大会で、「2020年までに死刑制度の廃止を目指し終身刑の導入を検討する」宣言を採択した。この日参加した弁護士786人中546人が同宣言に賛成をした。これに賛同するような社説を朝日新聞が掲載したことから、犯罪被害者の支援に取り組む弁護士らが抗議の声をあげた。

「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」が公開質問状で批判。その趣旨としては、「社説が死刑制度の廃止を当然の前提としているのか?」「被害者遺族の気持ちを考えているのか?」「被害者遺族の気持ちが置き去りになっていないか?」といった点について疑義を呈した。

日弁連の主張は、死刑とは「国家による重大な人権侵害」であり、「誤判・冤罪の可能性」があり、「死刑の犯罪抑止効果に疑問を呈する研究が多い」などを死刑廃止の論拠にしている。

死刑制度について24日に行われた『AbemaPrime』(AbemaTV)では、公開質問状を提出した犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務局長の高橋正人弁護士と、明治大学特任教授の森達也氏が登場。死刑制度について意見を多角的に述べた。以下、2人の発言と、番組MC、司会者、出演コメンテーターの発言をお送りする。

高橋:今回の大会では「刑罰制度全体の改革」と言っていますが、一番言いたいのは死刑廃止。他はとってつけたようなものです。大会は福井で行われました。日本には37600人の弁護士がいますが、参加したのは約800人。2%です。委任状は認められず、賛成が546人。弁護士全体が参加しているような誤ったメッセージを国民に送っています。日弁連はアンケートも調査もやっています。その中で、死刑廃止が過半数を超えなかったものもありますが、それは公表していない。37600人に対し、全員にアンケート取ったら制度存続の方が多いと思います。

凶悪犯罪——たとえば強盗殺人や強姦殺人などで家族が殺された遺族からすれば、自分の手で犯人を絞殺したいでしょう。近代国家では、国家が代わりにやろうってことになっています。廃止したら、それがなくなるわけで、被害者遺族による仇討ちを許すこととなります。

ウーマンラッシュアワー・村本大輔(番組MC):加害者が死刑になった場合、被害者の人は、その後、どういう気持ちになるのでしょうか?

高橋:死刑廃止論者は、「被告人を死刑にしても戻ってこないから生きて反省させろ」と言います。そりゃあ亡くなった方がもし戻ってくるならいくらでも償ってほしい。でも、戻ってこないから命をもって償えと思っているわけです。

森:まず、高橋さんがおっしゃったように、弁護士の中にも死刑存続を求める人も多い。そういった場合は、日弁連が組織の中で意見を聞いて声明を出すべきでしょう。でも同時に遺族の中にも同じような状況があって、死刑を求めない方が結構いるということ。遺族の会の中でも「遺族全体じゃない……」という意見があるので、同様に違和感を覚えています。私が会った中でも加害者に実の弟を殺された方がいました。保険金殺人で弟を殺された原田正治さんです。面会したところ、犯罪者には生きて償わせるべきだと考えていらっしゃいました。

◆終身刑になったら、だれがその費用を払う? 遺族が負担する矛盾

小松靖アナ(番組キャスター):仇討ちをしたいという気持ちもあるものの、必ずしも死刑を求めない遺族もいるということですね。

高橋:年間で殺人は1000件近くあります。10年で1万件あります。私は原田さん以外で、そうした意見を言う遺族は聞いたことはない。きわめて例外的な人を例にあげて議論するのはナンセンスです。

森:法体系が何かってことです。そこに感情をどの程度付加させるかです。高橋さんは「仇討ち」について言及しました。でも、世界の3分の2が死刑を禁止しているのです。仇討ちがそこで復活していますか? 罪刑法定主義というのがあります。これは予めどんな罪にどんな刑があるのかを明記すること。感情が付加されると揺らぐんです。法律は感情と切り離すべきです。実際は切り離せないもの。そして僕は今、死刑を廃止すべきと言っています。

村本:確かに原田さんは許したのでしょう。でも、殺人を犯した人が刑務所から出てきて、その人が一緒の世界に住んでいたら怖いです。今そういう人がおいしいごはん食べていたら遺族は一生いらいらしていると思います。

高橋:死刑の代わりに終身刑という話もあります。じゃあ、その人にかかわる費用を誰が払うの? 遺族が税金で払うんです。相続税で払うんです(※遺族も納税者ということ)。法律の世界に感情を入れるべきではない——、その意見は違います。刑法には感情を入れるべき、と書いています。これが刑法の本質です。

堀潤(番組コメンテーター):なぜ、日弁連が採決を取る必要があったのでしょうか? 本来、死刑は導入すべきか選択肢として外すかについては議論が必要です。国民に知識・判例への理解があるかと言えばそうではないでしょう。ただ、先月日弁連が開いた死刑制度廃止のシンポジウムがありました。会合が終わった後の会合で、「なんで『2020年死刑制度廃止』に設定したのですか?」と聞いたら、「日本で国際会議が開かれる中、グローバルスタンダードに合っていないのは恥ずかしい」と言ったのですね。僕はそれは拙速では、と思いました。

森:死刑廃止の論拠については、世界の3分の2が廃止しているというものがあります。ヨーロッパはベラルーシ以外で死刑を廃止しています。死刑制度を存置すべき理由が見つからない。被害者の声も大事ですが、犯罪のうち半分は身内の犯行なんです。不審者の割合は低い。先ほど高橋さんは「原田さん以外の例は少ない」と言いましたが、僕は聞いています。

高橋:世界の潮流と言いますが、それはその国の文化です。欧米では、現場射殺が行われています。日本ほど厳正な手続きで、加害者に罪を償わせているところはないんですよ。

村本:海外は死刑制度をなくしたらどうなっていますか?

高橋:犯罪率が上がるかどうかではないんです。死刑ってのは、「私たちは大切な家族を殺された。自分が手を下すわけにはいかないから、国家が処罰をしてください」ということなんです。

村本:殺された家族のための法律だとしたら、これだけ死刑廃止を謳う人がいる理由ってなんなのでしょうか?

◆死刑賛成派は相模原事件の容疑者を批判できるのか

森:よく言われるのが、冤罪の可能性です。冤罪は死刑以外でもありますが、その冤罪と死刑になる冤罪は根本的に違う。死刑は生命刑、命を奪うってことです。なのに冤罪はたくさん発生している。(冤罪事件・袴田事件の)袴田さんもそうです。あと、死刑執行にあたっては、刑務官とかもかかわります。彼らは殺害にかかわるわけで、心的衝撃を受けます。そういう人の人生はどうする? 

(身障者施設の大量殺害の)相模原事件がありました。容疑者は「弱者は社会にいらない」という動機を述べていました。そうした容疑者の動機について、とんでもない話ですが、一部ネットでは共感する声がありました。識者もメディアも「殺されるべき命などあり得ない」と反論しました。じゃあ死刑制度はどうなの? この命は価値がないと排除している現実があるんです。死刑囚にも家族はいます。こうして負の連鎖が続きます。高橋さんは先ほど海外で死刑制度をなくしたことがもたらした影響については関係ないと言いましたが、死刑を廃止した国で治安が良くなった国も若干悪化した国もある。死刑制度と犯罪抑止は関係ないんです。

僕はもっと人々が知るべきだと思っています。確定死刑囚はどこにいますか? 半分の人は「刑務所」と言いますが、実際は拘置所です。彼らは殺害されることが刑罰。よって、本来彼らは家に帰ってもいいんです。執行の日に呼び出されて死刑を受ければいい。苦し紛れに拘置所に置いているという状況があるんです。

高橋:今回の死刑制度廃止を求めた人々はあくまでも、幸せな人のための法律を語っています。最大の当事者は遺族。国民の幸せを考えた場合は、遺族の幸せを考えなくてはいけないのです。遺族とすれば息子・娘は帰ってこない。加害者が命を絶ったところで、一区切りがようやくつくのです。

小松:冤罪があるから死刑への異議もありますが……。

高橋:自動車事故で年間4000人死にます。命は戻ってこない。でも、自動車制度廃止を訴えませんよね。どんな制度にも問題はあるんです。制度によって泣かされる人はいるんです。冤罪の可能性は犯罪を減らす、など他の努力によって少なくすればいいんです。

森:ロジカルに考えれば「人権意識」がありますが。

高橋:加害者は人権人権というが、被害者はどうなのでしょうか? 池田小学校事件。あんな小さい子供が8人も殺されました。それを抜きに、加害者の人権と言うのはおかしいでしょう。死刑制度の存在が「犯罪抑止」になるかどうか私は重要だとは思っていません。

堀:社会的規範を作る上では、刑罰や社会的モラルとか、一定の物差しを示すものになっています。死刑制度があるかどうかによって機能するものでしょうか?

高橋:被害者遺族だって死刑を乱発されることを望んでいないですよ。凶悪犯罪をなくしてくれ、と言ってるわけです。

堀:凶悪犯罪をなくすにはどうすればいいですか?

高橋:国家が市民の安全を維持するために制度を作るべきです。警察官に聞いたところ、「警察官があまりにも少ない。倍いれば全然犯罪の発生件数は違う」と言っていました。

村本:家の大事にしていた壺を誰かが壊して、弁償するときに、多数決で決めるのも意味がないと僕は思いますよ。だから、身内が殺された時にも僕は自分が望むものを求めたいです。自分の身内が被害に遭っていない法律家や知識人が死刑反対を訴えている面もあります。でも、家族が殺された人って違う人生になります。違う生き物になる。その人達で決めたら冷静ではないものの……、その人たちの気持ちを代弁することはできないと思います。

◆日弁連には家族を殺された弁護士はほとんどいない

高橋:今回日弁連がこうした採決をしましたが、どれだけ日弁連に自分の家族を殺された人がいるかといえば、ほとんどいないんですよ。被害者遺族が参加してる場所でやらなくては空理空論です。

森:先ほど高橋さんは車の例を出されましたが、車で身内を失った人からすれば、車がなければいいと思う人がいるでしょう。車が通った時にどういう気持ちになるかという話ですが、先ほども言いましたが罪刑法定主義という主義——法律はあらかじめこういうことをしたらこういう罰を受ける、という原則では感情を過剰にいれると崩れるんです。天涯孤独の人が殺されたら(悲しむ家族がいないから)いいのか? 4人殺害で死刑という「永山基準」の原則もありますが、自分の身内が殺されたとしましょう。となれば「まだ1人だ……(だから死刑にならない。あと3人殺してくれ)」ということになる。遺族の気持ちを優先すると法律にそぐわないんです。法廷の場ではロジックとエモーションを分けなければいけないです。

高橋:永山基準は一人歩きしています。社会的な影響とか色々な要素を一つのザルに入れている状況です。法曹界は永山基準で判断してはないと思っています。

※ここで、1999年の光市母子殺害事件のVTRが流れる。妻と子供を殺された本村洋さんが紹介される。当時18歳だった被告は高裁で死刑判決に。

森:この判決、差戻し審で死刑に処するということが決まった時、地元の新聞社の記者がメールをくれました。「判決が出た瞬間、集まった人から拍手と万歳三唱が出た」とありました。人が死ぬと決まった瞬間に、拍手と笑顔が出たのですね。これの多くがメディアにある気持ちです。本村さんご本人は死刑判決が出た時に万歳三唱して大喜びしたでしょうか? そんな単純なものではないです。被害者は自分も責める。「あの時外出を止めていれば回避できたのでは……」とか考えます。社会は、うわべで動くもの。本村さん、嬉しいわけはないですよ。社会がなぜかそれを掬い取ってしまう構造に問題があるのです。この国の治安はいいけど、メディアが事件報道に偏っています。こうした報道もあって「治安が悪いから、死刑が必要」ってことにされています。

堀:酌量する事情がない限りは死刑判決はやむを得ないかもしれませんが、次の術が議論できなかったのかなとも思います。オウム事件で、仮に麻原彰晃を含めて死刑が施されなかった場合の社会の受け止め、その可能性はどう思いますか?

森:私は今のオウムの確定死刑囚6人に会っています。全員罪を悔いています。殺したくて殺したわけではない。なぜ、自分たちが間違いを犯したのか。それをもっと発信させればいいのではないでしょうか。彼らにはそうした形の社会的資源としての使い道があります。冷酷だけど、そういう道はあるんです。人々は死刑ってものを分かっていない。野球が好きか嫌いかを論じるにしても、どんなルールなのか、分かっていないと論じられないわけです。死刑囚が拘置所にいることも知らない。メディアが報じないし、法務省が開示しない。メディアが開示請求しないのも、世間の関心ないから、というループがあるのです。

村本:でもそれって被害者・加害者のこと考えていないのでは? 勉強しないと「死刑にしろ!」とは言えないのですか?

◆光市母子殺害事件遺族・本村さんの気持ち

森:言うことは自由ですが、本気で考えなくては言えなくないですか?

村本:先ほどの本村さんの件でも、万歳しなかったのは、考えられる人だと思います。僕とか頭がよくない人間は、自分の家族が殺されたら、こいつも死んでほしいと思います。死ななかったら、家族が苦しい思いをするわけですよ。なんで一所懸命やった人間が苦しんで、犯人の人権が守られ、税金でメシを食う。なんでその義務を家族が背負う必要があるのですか?

高橋:本村さんと私は16年の付き合いがあります。彼は死刑判決で喜んでいません。ただし、死刑判決が出なかったら自分の手で殺すと言っていました。被害に遭っていない人というのは、被害に遭った人の気持ちが分からない。青森地裁でこういうことがありました。裁判長が加害者に対して「反省しなさい」と言いました。被害者にとってみては、加害者に反省してほしいとは思っていないんです。きちんと罪を償ってほしいんです。被害者の気持ちが分からない限りは高みの見物をしているだけなんです。

村本:死刑は加害者の人権を奪うこと。刑務所も人権を奪うこと。刑務所で無期懲役で生きさせることはどう捉えればいいのでしょうか。

森:人権侵害という意味では有期刑もそうではないということ。死刑は生命権ですから、ゼロにしちゃうわけで、人権ではないです。冤罪だったら取り返しがつかないから、それも含めても考慮をすべきだと思っています。

死刑廃止論者は生きて償わせろと思う。賛成論者は死んで償えという。でも、どちらでも償えないと思います。

高橋:被害者遺族にとっては後はないんです。息子も娘も帰ってこない。自分の生活もあるし、いつまでも死刑を望むことに嫌悪感を抱く人もいる。区切りをつけるには、死刑を執行するしかないんです。

このように、両派の意見がぶつかりあった約40分の議論となった。

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