「100」にまつわる場所・モノを調べてみた

雀百まで踊り忘れず、酒は百薬の長……など、古来、「100」という数字は「量の大きさ」を象徴する数字であった。では実際の生活にどのように「百」は入り込んでいるのだろうか。「100にまつわる場所・モノ」を調べた。

一つ目は、東京・新宿区にある餃子の名店「神楽坂飯店」。ここの名物料理であるジャンボ餃子、これが通常の餃子100個分だというのだ。これを箸で食べるのは大変なようで、注文者にはナイフとフォークがついてくる。他にも“一升炒飯”なるものがあり、著名人も多く来店している。

二つ目は、茨城にある茨城空港、ここは別名「百里飛行場(ひゃくりひこうじょう)」とも呼ばれている。百里基地のホームページによれば、百里という地名は昭和29年に市町合併前の小川町が誕生した時に設定されたという。なぜ百里と呼ぶようになったかには主な説が2つあり、江戸時代に時の水戸藩主が、下総国(千葉)の九十九里海岸に対抗して命名したという説と、一里を約650メートルとしていた時代に、水戸からこの地を通り潮来まで伸びていた百里海道から名付けたとの説がある。

三つ目は、東京・品川区にある「百反坂(ひゃくたんざか)」。古い人たちは、この坂を「ひゃくだんざか」と呼んでいた。その理由として、昔はこの坂が階段であったため百段と呼ばれていたものが、のちに路面が平坦になり、名称だけが百反となって残ったものといわれている。

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