長崎原爆から71年「なぜ平等ではないのか?」 “被爆体験者”の苦悩

被爆者への援護施策について、私たちはどれくらい知っているのだろうか。8月9日に放送された報道番組『AbemaPrime』(AbemaTV)の名物コーナー「1分でわかるニュース」では、被爆者への援護施策について解説。“被爆体験者”の苦悩と向き合った。

「被爆者」と認定されたのは、原子爆弾が投下されたときに一定の地域にいた人や、投下されて2週間以内にその地域に入った人、そして被爆者の介護をした人と、彼らの胎児だった。当時、政府は、およそ20万人の被爆者に被爆者健康手帳を配り、医療を支援した。手帳を持っていれば「被爆者である」ことが証明されるとともに、無料で治療、入院などが可能になる。

この日スタジオに来ていた「入市被爆者」である伊藤雅浩さんも「二号被爆者」として被爆者健康手帳を所有している。伊藤さんは「私自身は、母も手帳を持っていたし、大変お世話になったと感謝しているが、被爆者と認められない人や、特別医療手当を受けていない人もたくさんいる。十分だとは言えない」と、この支援施策についてコメントした。


根拠の無い“線引き” 支援を受けられない「被爆体験者」の存在

「被爆者」と認められる地域は、半径12km圏内の中でも「旧長崎市」だった範囲で決められており、爆心地から同じ距離でも、被爆者として認められる地域と認められない地域がある。「自治体の境」でいびつな線引きをしているこの制度が明暗を分け、被爆者と認められず、同等の症状が出ていても支援を限定的にしか受けられない“被爆体験者”の問題が現在も続いている。


被爆体験者たちが「被爆者健康手帳」の交付を求め、第一陣・第二陣と二度の裁判を起こしたが、第一陣の原告は敗訴、控訴棄却され上告中。第二陣は10人のみ被爆者と認められたものの、敗訴した原告側が控訴し、現在も裁判は続いている。


「我々が死んだら、もう裁判をしなくていいから」

「被爆体験者」として認定されている里輝男(さと てるお)さんは、甲状腺の悪性腫瘍など被爆者と同様の症状が出ていたが、被爆者のように医療の支援を受けられない。「我々が死んでしまったら裁判をしなくていいから……とにかく、もう少し平等に扱って欲しい」と国の対応について疑問を投げかけた。


番組では、長崎大学環境科学部教授の高辻俊宏氏に電話で被曝についての解説を依頼。高辻教授は、半径12km圏内、さらに旧長崎市のやや縦長な被爆者区分は、科学的な見地から見ると「全く根拠はない」と話した。 高辻氏は「むしろ放射性物質は真東に飛んだので、影響を受けた地域は東西に長くて南北ではない。非常に半減期の短い時の原爆の放射能ですから誤差はあるが、たくさんの被爆をした可能性もある」といい、被爆体験者に分類される範囲でも、重篤な原爆症にかかったケースもあると示唆した。


“被爆体験者”という言葉に苦しめられる

さらに番組では、被爆体験者訴訟の弁護団より、三宅敬英弁護士と生中継し、裁判と当事者についての話を聞いた。 三宅弁護士は「全く納得のいかない判決が続いていると考えている、原告は非常に腹立たしく、いつになったら認めてくれるのかと怒っている」と被爆体験者とされた人々の気持ちを代弁するように話し始めた。

「差別する理由は全くないはず。そして『体験者』という名前が非常に原告の人々を苦しめている。被爆者を広げたくないっていうのが国の意向です。全く根拠のないところで線を引いておきながら、これ以上増やしたくない」(三宅敬英・弁護士)


現在は被爆体験者の人たちに「被害を受けた証拠を出せと言われて、米軍マンハッタン管区原爆調査団が測定した残留放射線データを健康被害の証拠として出しているので被爆者と認めてもらえるように活動を続けていきたい」と闘い抜く姿勢を示した三宅氏。MCのケンドーコバヤシは「戦争で被爆した国は日本だけ。なのに、きちんとした援護ができないのは恥ずかしいことではないか」とコメント。

原爆投下より71年。裁判の原告も556人中、59人が亡くなっている。のらりくらりとかわされてきた「被爆体験者」の問題。これからの援護がどのようになるのか、しっかり向き合う必要がありそうだ。

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